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聖天坂界隈・阪堺線聖天坂駅

聖天坂界隈・阪堺線聖天坂駅

西成区天神の森にある阪堺線の聖天坂駅。住宅街の真ん中にある静かな駅です。
この駅から松虫通を東に登る坂が「聖天坂」、そしてその坂の上に位置しているのが「聖天さん」です。


聖天坂界隈・聖天坂駅全景

聖天坂界隈・聖天坂駅全景

阪堺線の聖天坂駅、質素な機能重視の駅です。


聖天坂界隈・聖徳温泉

聖天坂界隈・聖徳温泉

聖徳温泉とは高貴な名前です。けがれの多い庶民には近づき難いネーミングです。それともけがれを洗い落とすと「聖で徳」の境地に至れると言う意味なのでしょうか?
銭湯が残っていると言う事は、この地区にまだまだ昭和が残っていると言うバロメーターのようです。


聖天坂界隈

聖天坂界隈

坂道の蕎麦屋さん。聖天さんへの参詣客より地元に根付いているような蕎麦屋さんです。
昭和の蕎麦屋・うどん屋はこのような「しもた屋」に看板と暖簾をあげただけで営業しておりました。内部も床は土間のまま、無造作に机と椅子が置いてあり、壁には「お品書き」と、せいぜい「日めくり」か「相撲の番付表」が張られているのが定番でした。商業建築家もインテリアデザイナーも必要の無い、シンプルな時代です。


聖天坂界隈・上町台地の西端

聖天坂界隈・上町台地の西端

聖天坂はここもやはり「大阪七坂」と同じ上町台地の西に位置し、この段差が聖天坂となっております。私の少年時代には住宅街の奥にこのような見晴らしのいい場所が多くありました。
この秘密の基地で、学校の帰りにランドセルを枕に夕暮れの大阪湾を眺めていたのを思い出します。


聖天坂界隈・上町断層

聖天坂界隈・上町断層

典型的な上町断層です。古代にはこの右手が海であったとは、なかなか信じられません。
この断層はここでは海抜約15メートル程ですが、ここから南にかけて徐々に低くなり、住吉大社のあたりで海面レベルとほぼ同じ高さとなります。


聖天坂界隈・上町台地から望む大阪

聖天坂界隈・上町台地から望む大阪

聖天坂近辺から西の光景です。少年時代に見えた海はありませんでした。
古代から永く見えてきた風景がたった40数年で急激に変化した事を感じます。中世から風光明媚な場所であったらしく、紀貫之の「土佐日記」にも岸の姫松として表現されております。熊野詣の旅人も足を止めてここからの風景に心を慰められたのでしょう。皆さんは最近心を慰める風景に出会いましたか?
※姫松 :ここより南に約1km、現存する地名。上町線「姫松駅」


聖天坂界隈・正圓寺女坂

聖天坂界隈・正圓寺女坂

正式名称は「聖天山正圓寺」。慈覚大師が歓喜天(秘仏)を祀り聖天信仰を広めた拠点であると記録にあります。大阪の人には「聖天さん」として親しまれ、聖天信仰が今の大阪に根付いている事をうかがわせます。
ここからは急な坂(男坂)となだらかな坂(女坂)の2本に分かれて本堂へ向かいます。この写真は松虫通に面した女坂の入り口です。ちなみに「松虫」という地名はこの坂の先にある「松虫塚」に由来します。
※松虫塚 :後鳥羽上皇の官女、松虫・鈴虫が法然上人に帰依し、この地に庵を結んだ事によると言う説と、謡曲「松虫」の主人公の塚であるとの説とか諸説あるが定かではない。


聖天坂界隈・正圓寺男坂

聖天坂界隈・正圓寺男坂

古代にはこの丘に「聖天山古墳」があったと記録にあります。重層的にその上に次々と聖地が出来ていった大阪の「エルサレム」です。そういえば山頂には「竜神様」をお祭りする社まであり神仏混合(聖天信仰・原始神道・竜神信仰・仏教)の日本的和合の聖地です。
大阪の「エルサレム」に自爆テロはありません!


聖天坂界隈・正圓寺山門

聖天坂界隈・正圓寺山門

聖天山は大阪五低山の一つに入っております。大阪五低山とは、天保山・帝塚山・茶臼山・真田山そしてこの聖天山です。天保山以外は全て古墳です。大阪はやはり古墳をも名所として利用しきってしまう活力があったのでしょう。
南北朝時代にはこの地に「徒然草」で有名な吉田兼好が庵を構えていたと記録にあります。古墳の上に住むとは?
この日は秋空のもと「つくつく法師」の鳴き声が秋の到来を告げていました。境内の片隅の碑に「兼好の 午睡さますな 蝉しぐれ」燦浪とあります。