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天下茶屋界隈01

天下茶屋界隈01

阪堺線踏切を隔てた北天下茶屋近辺。極端に狭い道幅が人間関係を濃密にしてくれそう!
この風景の向こうを「ちんちん電車」が通り抜けて行く様は大阪人の心の原風景かもしれません。特に商店街の向こう側へと夕日が沈む頃が一日のクライマックスです。


天下茶屋界隈02

天下茶屋界隈02

北天下茶屋駅前の駄菓子屋さん。店番は定番のおばあちゃんです。
コンビ二大盛況の現代、この地区にはいまだに駄菓子屋さんが存在する事が嬉しいかぎりです。そういえばこの界隈極端にコンビニの数が少ないのに気が付きました。ヒューマンな人間関係がまだ根強く残っている下町なのでしょう。


天下茶屋界隈03

天下茶屋界隈03

阪堺電気鉄道北天下茶屋駅です。一両編成のちんちん電車が走るこの路線は生活必需路線です。経営は大変でしょうが地域のため頑張っていただきたいと思います。
次の駅名「聖天坂」は聖天さんとして地元では有名な海照山正園寺への参詣口です。
上町台地との切れ目に位置しているため坂が多く、私の少年時代はこの聖天さんの境内から大阪湾が望めました。今でも海は見えるのでしょうか?また一度少年に戻って坂を上ってみたいものです。


天下茶屋界隈04

天下茶屋界隈04

天下茶屋商店街風景です。やはりこの商店街もご多分に漏れず、駅西側の巨大商業施設のあおりを食っているのか閑散としています。時代の趨勢と言えばそれまでですがヨーロッパなどでは街の肉屋さん・八百屋さん・魚屋さんと郊外の巨大商業施設がうまく共存しているように感じます。中心市街地活性化法が出来ても日本では商行為の精神そのものの議論が少ないようです。


天下茶屋界隈05

天下茶屋界隈05

天下茶屋商店街にあったレトロな医院。昭和アールデコ風の外観はなぜか懐かしい。商店街の中に医院があること自体、地元密着性を強く感じます。
最近では最新の商業施設に逆にクリニックゾーンがあったりして顧客の便宜を図っていますが、ここではその原型がありました。


天下茶屋界隈06

天下茶屋界隈06

商店街の中の不思議なお店です。一見してなにを売っている店か良くわからないところがオモシロイ。店舗ファサードは年代もののレトロです。売っている商品は「趣味の手造りアクセサリー」のようですがそれにしてもおば様は熱心でした!


天下茶屋界隈07

天下茶屋界隈07

阪堺線北天下茶屋駅近くの商店街。「カンカンカン」と鳴る信号機の音は50年前と変わっていません。この細い道の向こうに聖天さんがあり私の母校「清明丘小学校」があります。私の少年時代の想い出の詰まった露地です。


天下茶屋界隈08

天下茶屋界隈08

看板建築の中華料理屋さん。看板建築とは木造建築の正面にパラペットを建て、その店舗の雰囲気に合った擬似洋風建築を作る技法です。戦前から東京には本格的な看板建築が多く現在でも下町では見受けられます。大阪では本格的に根付かなかったようですが、時々このように残っております。やはり大阪人は合理的で外見に化粧するような建築は否定されたのでしょうか?


天下茶屋界隈09

天下茶屋界隈09

商店街裏の天下茶屋の長屋。終戦後の建築かと思われますが、よく見ると立派な「うだつ」が付いております。壁の色といい、当時としたらそこそこ立派なつくりであったのでしょう。
このような長屋建築は西成区から阿倍野区・住吉区・東住吉区にかけて色々なスタイルで現在も残っております。しかし住人そのものが高齢化し、その事自体が長屋の存亡にかかわってきております。江戸時代には長屋の住人は相互扶助が基本だったのに時代が変わったものです。